私たちはいつ移民を受け入れる決断をしたのだろうか

昨今移民受け入れ反対とか、外国人差別とか、日本に在留もしくは短期で滞在する外国人に関する問題がとても注目されている。日本に中長期に渡って滞在する外国人を指して移民の受け入れと表現する報道や論調を見かけるけれど、日本政府は公式に移民受け入れとは言っていない。移民を受け入れる判断をするならば、それは国民投票をするべきくらい重要なことだ。外国人と日本人の言葉、文化、価値観の相違はとても大きく、移民を受け入れるなんて軽々しくできることではなく、国民に意見を問うことは当然のことだ。けれど、私たち国民は受け入れに関して意見を聞かれたことはあるのだろうか。これはないと言って差し支えないと思う。2025年の参議院議員選挙で少し取り沙汰されただけ。私たち国民が日本の在り方を決める国民主権がないがしろにされているような気がしてならない。

国の最高法規である憲法には、前文と言われる冒頭に、「主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」とある。外国人労働者を受け入れるのか、移民を受け入れるのか、旅行者である短期滞在者をどれくらい入国させるのか、すべては国民が決めること。その方法が選挙で議員を選び、国会で法律を作って実現していくこと。SNSで何を言っても、マスコミがどのような社説を掲げようと、すべては国民が選挙で選んだ議員を通じて行うこと。日本の最高法規である憲法がそう定めているから。そして、その私たちが選んだ議員の中から総理大臣も他の大臣も選ばれる。「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」(憲法67条1項)「内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。」(憲法68条1項)。国民主権と言ってもその実現方法は、間接的で分かりにくい。国民は総理大臣を直接選べるわけではない。この間接的にしか行政をコントロールできないことを考慮して投票することも大事ではないかな。

2026年の衆議院議員選挙は、高市首相が国会を解散したから行われる。その理由に「高市早苗が内閣総理大臣でよいのかどうか。今、主権者たる国民の皆様に決めていただく。」と言っていた。けれど、総理大臣を選ぶのは直接的には国会議員だ。私たちは直接総理大臣を選べるわけではない。この間接的なところが行政をコントロールしにくいところ。総理大臣になった人に緊張感を持って仕事をしてもらうには、味方が少ない方が実はいい。2025年の参議院議員選挙で当時の与党であった自民党と公明党が過半数割れしてやっと外国人政策が国民の懸念を反映させるようになったことがいい例だ。

残念なのは今回も外国人の受け入れについて根本的なことが争点になっていないこと。外国人は勝手に日本に入国しているわけではない。出入国管理及び難民認定法という法律(よく入管法と略して使われる。)に基づいて入国している。法律を作るのは誰?国会議員でしょ。ちゃんと選挙で国民に意見を聞いてる?それはNO!だって、争点にしていないから。今さらかもしれないけど、ちゃんと議論すべき。ちゃんと議論しないから国民も不安になる。だから、ちゃんと外国人問題を争点にすべき。